英語力のアンバランス ― 2005年09月19日 12:26
英語学習において日本人によくあるパターンが
「文法はできるけど会話ができない」というもの。
私がまさにそれです。最近、さらにその2つが乖離
してきたようで不安になってきました。
もともと語学が好きで文法を覚えたりするのは
わくわくします。今は、授業(現代ヨーロッパ史)
の教科書を読むのも楽しいですし、知りたい内容
ならば資料を読むのもあまり苦にはなりません。
ところが、人と会話するとなると、ひゅううっと
尻込みしてしまうのです。
純粋な言語としての語学なら興味津々だけど、
いろいろな国の人と国際交流したいという気は
まったくないまま、今日に至っています。
人嫌いというのではありません。
逆に人と話すのは大好きなのですが、
日本語の会話では、ちょっとオタク的なくらい
言葉で遊ぶのを楽しんでいるので、
外国語でそのペースが出せないとなると、
自分本来の語り口ではなくなってしまうわけで、
それがもどかしいのです。
今まではそれでもいいやと思っていたのに、
最近ではちょっと気持ちが変わってきました。
字がびっしりの教科書は黙々と読んでいるのに、
いわゆる簡単な実用英会話が出来ないという
アンバランスさに、なんというか、居心地が
悪くなってきたのです。たとえば、
「英語で歴史の授業を受けられるのだから、
英語ペラペラだろう」と思われて、知人に
頼まれ事をされても、うまく出来なかったり
するわけです。情けない気持ちになります。
「英語の上達のためには現地の友達を作ること!」
とはよく言われますが、(この年齢になると)
たかが語学のために気の合わない人と交流するのは
心にも体にも悪影響を及ぼしてしまうので、
ただいま別の方法を模索中。
とりあえず、恥はたくさんかかないとダメでしょう。
ピザの注文あたりから始めてみようかな・・・。
(初歩?)
「文法はできるけど会話ができない」というもの。
私がまさにそれです。最近、さらにその2つが乖離
してきたようで不安になってきました。
もともと語学が好きで文法を覚えたりするのは
わくわくします。今は、授業(現代ヨーロッパ史)
の教科書を読むのも楽しいですし、知りたい内容
ならば資料を読むのもあまり苦にはなりません。
ところが、人と会話するとなると、ひゅううっと
尻込みしてしまうのです。
純粋な言語としての語学なら興味津々だけど、
いろいろな国の人と国際交流したいという気は
まったくないまま、今日に至っています。
人嫌いというのではありません。
逆に人と話すのは大好きなのですが、
日本語の会話では、ちょっとオタク的なくらい
言葉で遊ぶのを楽しんでいるので、
外国語でそのペースが出せないとなると、
自分本来の語り口ではなくなってしまうわけで、
それがもどかしいのです。
今まではそれでもいいやと思っていたのに、
最近ではちょっと気持ちが変わってきました。
字がびっしりの教科書は黙々と読んでいるのに、
いわゆる簡単な実用英会話が出来ないという
アンバランスさに、なんというか、居心地が
悪くなってきたのです。たとえば、
「英語で歴史の授業を受けられるのだから、
英語ペラペラだろう」と思われて、知人に
頼まれ事をされても、うまく出来なかったり
するわけです。情けない気持ちになります。
「英語の上達のためには現地の友達を作ること!」
とはよく言われますが、(この年齢になると)
たかが語学のために気の合わない人と交流するのは
心にも体にも悪影響を及ぼしてしまうので、
ただいま別の方法を模索中。
とりあえず、恥はたくさんかかないとダメでしょう。
ピザの注文あたりから始めてみようかな・・・。
(初歩?)
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